それは湿気を帯びていながらも穏やかで、緑が萌える草木に囲まれたとある日のことだ。周りの音という音は殆どが掻き消され、耳に届くのは木の葉が擦れる音と、鳥の鳴き声ばかりだ。頬を撫でる柔らかな風は心地よく、湿気など思わせないほど清々しい。
その中で一人、白い家具に囲まれて椅子に座り、悠然と紅茶を嗜む男の姿があった。黒く、暗く、闇に溶け込むような色を纏った男はティーカップを口許に寄せると、香りを楽しむようにくるりと小さく回す。鼻に届くのは紅茶独特の、苦味を彷彿とさせるもの。それを一度楽しむと、男はティーカップをソーサーの上に置き直し、砂糖とミルクをとぽとぽと入れていった。
向こうが透ける赤茶色だったそれは濁り、甘栗色へと移り変わる。香りもミルクが混ざった所為だろう――どこか甘く、それでいて独特な紅茶の香りを残している。
それに満足したのか、男は再びティーカップを持つと、端に口をつけて一口飲もうとした。
「――……」
不意に男の耳に届くのは草木が掻き分けられる騒がしい音。ガサガサと騒音を掻き鳴らし、歌を歌うように鳴いていた鳥達は音に驚いて逃げてしまう。その音は男が居る方へと徐々に近付いてきていて、――ああ、風情がない、と溜め息がちに小さく悪態を吐いた。
「――悪い! 遅れた!」
草木を掻き分け若草を踏み締め、垣根の向こうから現れたのは白髪の男だった。左右非対称の髪が何よりも目を惹く他、彼自身の瞳は誰よりも独特なものだった。白い筈の目が黒く、瞳は夜空のように瞬いて三日月のようなものが浮かんでいる。
男はそれに満足したのだろうか、一度微笑むと「瞳に免じて許してやろう」と彼を手招く。白く焼けていない肌に映える黒の爪は、彼の瞳に負けず劣らず人の目を惹くほどに闇に彩られている。彼はそんな男の手招きによって椅子へ引き寄せられ、自らの意志で男と向き合う形で座る。
よくこんな所見付けられるよなぁ、と彼は苦笑するように呟いた。目の前で男の手によって注がれる紅茶を眺め、「今日も美味そうなもの取り揃えてんだな」と言う。彼の目の前にはティーセットの他にバスケットに入った焼き菓子や、どこから持ち出したのかも分からないケーキスタンドに並べられた種類が豊富なケーキがあった。
――とはいえ、焼き菓子やケーキは半分近くが減っているのだが――彼はそれを見るや否や「……俺そんなに待たせた?」と不安げに呟く。すると、男はソーサーごと彼にカップを渡すと「さあ、どうだかな」と悪戯っぽく笑った。
「楽しみにしてしまっていたので、つい準備の方が捗ってしまった」
「嫌味っぽく言ってんじゃねえよ……」
彼は男が差し出すティーセットを受け取ると、カップの取っ手に指を滑らせてくっと一口。熱湯とも呼べる熱さと程好い苦味が舌の上を転がり、「やっぱうめぇな」と小さく口を溢す。
それを目の前で見つめていた男は無表情ながらも訝しげな瞳で彼をじっと見つめていて、どこかふて腐れるように唇を尖らせる。「苦くはないのか」徐に呟かれた言葉に彼は「苦いけど、それも楽しみのひとつじゃねえの?」なんて返してみせて――理解ができない、と言いたげに僅かに頬を膨らませる男に大きく笑いを溢した。
「なんっつー顔してんだよ」
笑いながら彼が男の行動を指摘してみせると、男は首を横に振って「分からん」と言う。
「お前達がそうやって平然と苦味を口にすることに違和感があるのだ。毒だぞ」
「毒じゃねえから」
自分の感性をぶつけてみると、彼は笑ってそれを否定する。間髪入れない突っ込みに男はむぅ、とふて腐れると、サイドに流した髪を指先でもてあそびながら、「理解できない、永遠に」と口を洩らした。
彼は男が苦味や辛味を嫌っていることは知っているが、その訝しげな表情を見るためだけに彼がわざわざストレートを口にすることを男は知らないのだろう。口の中に残る強い苦味を舌の上で転がしながら彼は砂糖を要求すると、「俺が入れてやろうか」と男が言う。
男は大の甘党だ。そんな男に砂糖など入れさせてしまえば、どれほどの量が溶けきらず底に溜まるのか、想像もしたくない。
彼は徐に「いや、遠慮する」と言うと、男は「そうか」とだけ呟いて彼に砂糖を差し出した。小さな容器に入った角砂糖を二つ、赤茶色の紅茶の中に沈めると近くにあるスプーンでくるくると紅茶をかき混ぜる。その合間にちらりと覗き見た男のティーカップの中は甘栗色に染まっていて、あの中に溶けきれずに沈んでいる砂糖は一体どれくらいあるのだろう――、と考えれば胸焼けを軽く覚えてしまった。
相変わらずの甘いもの好きに彼は呆れさえも覚えていると、男がケーキスタンドからひとつ、洋菓子を皿に盛る。虫や蝶の類いは何かを恐れるようにケーキに群がることもなく、男は満足そうに悠々とそれを口に運び入れた。
フルーツをふんだんに使ったタルトを噛み砕き、咀嚼する様子はまさに子供そのもの。男は無表情だったその顔に笑みを浮かべ、嬉しそうに食べている。彼はその表情を見るのも気に入っていて、「そんなに美味い?」と訊けば、「ああ、美味い」と気分よく返事が返ってきた。
お前も味わえと言わんばかりに差し出された皿に盛られたのは、生クリームとイチゴが特徴的なショートケーキだ。一見質素に見えるそれは、追求すればどこまでも味に拘ることができ、深みを求めることができる。――質素でありながら何よりも難しいポピュラーな洋菓子だ。
彼はそれを「頂きます」なんて言ってから銀のフォークで口へと運ぶ。生クリームの甘いだけの味気ない感覚は、一口目では妙に違和感を覚えるものの、そのまま食べ進めていけばすぐに違和感もなくなった。飽きないようスポンジの合間に挟まったイチゴは程好い酸味を与えてくれて、悪くないものだと彼は頷く。
甘さに飽きがくれば砂糖を入れただけの紅茶が口の中を洗い流してくれた。
そうして彼がショートケーキを半分まで食べ進めると、彼の向かい側では男が黒く艶めくチョコレートケーキへと手を伸ばしていた。その見た目からして分かるのは、こってりと口の中に留まるであろう生チョコレートの甘さと、しつこいほどに残る胸焼けだろう。
男はそれを先程よりも遥かに嬉しそうな表情で大きく頬張った。口の端に着いたチョコレートクリームを指で拭って舐める様子は、最早手慣れたものだ。その後に甘ったるそうなミルクティーを飲むのだから、彼は呆れて「甘すぎだろ」と呟く。
「何を言う。この甘さが堪らないのではないか」
「いやー、俺には十分すぎるかもしんねぇ」
かもしれない、のではなく、十分すぎるのだ。
彼は与えられたショートケーキを食べ終わると、何気なくバスケットに入っているパウンドケーキを手に取ってみる。ココアでも混ぜたのだろうか――チョコレートと同じ色合いのそれを何気なく口にしてみると、彼は「これの方がいいと思うんだけど」なんて言った。
そのパウンドケーキは確かにチョコチップも入った甘いパウンドケーキだ。だが、どこか苦味のある程好い甘さに、彼は男に差し出してみるが――男は顔を微かに顰めるだけでそれを受け取ろうとはしなかった。
恐らく自分好みの甘さではないことを知っているのだろう。
男の態度が気に食わなかったのか、彼は無理矢理それを口に押し付けると男が「む、」と口を溢す。押し付けられているパウンドケーキを押し返し、「お前はいつ俺にそんなことができるような立場になったんだ」と悪態を吐いてみせると、彼は押し付けていたそれを口へ運んだ。
「あんまり甘すぎんのも駄目だと思ったんだよ」
すみませんねぇ、なんてわざとらしく謝る姿には誠意が込められておらず、男は「全く」と溜め息がちに呟いては彼を見やる。
何故こんな下らない茶番に付き合ってもらえているのかを考えるのだ。彼には彼の時間がある。その時間をわざわざ男に差し出して、静かで邪魔の入らない場所で暢気に二人きりの御茶会なんてものを開いているのだ。
御茶会を開くこれといった理由は特にないのだが、単純な交流会と言えば説明がつくだろう。男は人間性を理解しようとした結果、付き合ってくれるのが彼だっただけだ。何かの弱味を握っているわけではないのに、時間と場所を指定すれば彼は律儀に守って来てくれる。
時折反抗的な態度を取るくせに約束を守る様子は、まるでよくしつけられた飼い犬のようで、男は彼をつい撫でてしまうのだ。
「――……ん」
――不意に一際強い風が体を押すように吹く。髪をサイドに流している男は、自分の髪が顔にかかるのを鬱陶しげに払い、一息吐いた。時折吹いてくる強い風も、平凡すぎる交流会にアクセントを加えるようで嫌いではなかったが、顔にかかる長い黒髪がほんの少し邪魔だった。
その様子を見て疑問に思ったのだろう。彼はじぃっと男を見つめて、男がそれに気が付いた頃に「何で髪、伸ばしてんの?」と小さく問い掛ける。
「男って普通短いもんだろ。俺とか、まあ他の長い奴はそれなりに理由があるんだと思うんだけど……――は何が理由で髪を伸ばしてんだ?」
彼は夜に煌めく瞳を爛々と輝かせて男の答えを待った。
確かに男の髪は黒く、男にしては随分と長く伸びた方だろう。まともに下ろせば肩甲骨の下――もしくは肩甲骨の中央辺りまでだろうか――辺りには毛先が来るほどだ。中には赤く煌めく毛髪が日の光を反射して一際存在を放つが、それも闇に呑まれるように黒髪の中へ姿を隠してしまう。
そんな髪を何故伸ばすのか、彼は純粋な気持ちで理由を知りたがった。その瞳はまさに子供が初めてものを知るときのような鮮やかさを湛えている。
男は茫然としながら指先で髪をもてあそぶと、「そうだな」と目を落としてゆっくりと語り始めた。
「お褒め頂いたのだ。敬愛すべき――に」
サイドに流した髪を梳きながら男は懐かしむようにほくそ笑む。
――そう、それは初めて顔を見合わせた日のことだった。男は今と変わらない――というよりは今よりも遥かに感情が欠如したような――無表情を顔に飾っていた。見下ろして見つめるその小さな存在は男をじっと見つめると、ふと頭に手を伸ばして笑う。
『綺麗な黒い髪だね』――と男を初めて褒めたのだ。
その言葉は男に向けるものとしてはあまりにも不適切だろう。しかし、男はそれに忠誠を誓っていた。裏切ることのない、命を懸けた忠誠を。それが男に強い感動を与えたのか――、男は褒められた髪を黙って伸ばし始めたのだ。
似合うだの綺麗だの、何だっていい。ただもう一度笑って存在を認めてほしくて。
その途中で男は彼に疑問を投げられたのだ。彼の疑問に思ったままの答えを述べてやると、彼は「ふぅん」とどこか不満げに片眉を上げながら興味なさげに生返事を返す。明らかに不機嫌になったと言わんばかりのその表情に、男は多少不快感を覚え、「何だ」と無愛想に呟いた。
真面目に答えたと言うのに、目の前にいる彼はやけにつまらなさそうに話を聞いた。それが酷く不愉快で、男は知らず知らずのうちに唇を尖らせると、「別に……」と彼は頭を軽く掻く。こんな雰囲気にしたいんじゃない――そう言いたげな様子に男はふう、と一息吐いて自らを落ち着かせる。
理由もなく彼は不機嫌になるだけの人間ではない。そう分かっていながらも、自分が大切にしているものを貶されたような気がして、胸の奥に苦味が広がったような感覚に陥った。
むぅ、と唸り、甘いものを頬張って気を紛らせようとした頃に、それを打ち破ったのは紛れもない彼だった。
「……触っていい?」
不意に呟かれたその言葉に男は動きを止め、茫然とその顔を見つめる。彼は真っ直ぐ男を見つめていて、邪な考えなど何ひとつ抱いていないという真面目な表情だ。思わず男は「何を」と問い掛けようとした。――しかし、話の流れで彼が興味を持っているのが自分の髪の毛なのだと気が付くと、男は「仕方ないな」と苦笑する。
すると、彼は身を乗り出してサイドに流れる男の髪に指を絡ませる。髪同士が絡まり合う様子もなく指の間を滑り、手のひらに載せれば煌々と降り注ぐ日の光を反射する様子が窺える。
そして、何を思ったのか――彼は男の髪を三つに分けると、器用に編み始めたのだ。
その様子を男は横目でじっと見つめながら焼き菓子を頬張る。何やら器用に指を動かして真剣に編んでいく彼の邪魔をしてはならないと、何を思うわけでもなく黙々と食べ進めていく。
ひとつ不満を挙げるとするならば、テーブルから身を乗り出している、という点だろうか。お陰で男は彼の服が物を倒さないか気が気でない状態だ。無表情で慌てていると言っても誰も信用しないだろうが――食べ進める手が疎かになっているのが僅かに分かるのだ。
「……綺麗だな」
ポツリと呟かれた言葉に男はハッとすると、彼が「できた」と愛想よく笑う。見れば彼の手の上に載っている髪は三つ編みに仕上げられていて、すっかり纏め上げられている。彼自身三つ編みを施しているからだろうか、形崩れのないそれに「流石だな」と感嘆の息を溢すと、「三つ編みお揃い」なんて彼が言う。
「確かにお前の髪は綺麗だ。変な話、女みたいな触り心地がする。一本一本が細かいし、見た感じ艶も全然違うんだよな……何かやってんの?」
彼が自分の感じたように感想を述べると、男は茫然としたまま「いや」と首を横に振る。恐らく男は詳細に感想を言われたのが驚きだったのだろう。特別なことは特にしていないことを述べると、彼は「じゃあ質の問題なんだな」と子供のように笑った。
するりと彼の手から落ちた三つ編みはほどけ、何事もなかったかのように元の姿に戻る。癖のつかない男の髪に「すげぇストレートだな」と彼が感心するように呟いた。跡も残らない男の髪は彼の好奇心を刺激するようで、彼は指先で髪を持て余している。癖がつかないんだな、とまるで羨む声色は物寂しげにも思えた。
「……三つ編みが好みなのか」
思い切って男が問い掛けると、彼は一度悩むような仕草を取ってから「気にしたことねぇかも」と呟く。
「何か、三つ編みが似合いそうだって思っただけなんだよな」
男は興味深そうに彼の話を聞いて、ほう、と呟く。試しに彼が「髪型変えんの?」と訊けば男は「変える気はない」なんて言ってミルクティーを飲み干す。男の無愛想な返答に彼はふて腐れるよう唇を尖らせていると、「だが」と言って軽く微笑む。
「お前がそこまで言うのなら覚えた頃に変えてやる」
「別にそこまで言った覚えはないけどなあ」
あくまで偉そうにただふ、と笑う男に彼はじゃれるような気持ちで言葉に食い付く。ああ言えばこう言う、厄介な男だな、と男は溜め息混じりに呟いた。呆れるようなその表情はまるで父親のような面影を残し、彼は気分よさげにぐっと背筋を伸ばす。
すると、不意に視界に入るその手には見慣れない傷痕がひとつ。始めに見た頃になかったものだと分かると、途中で傷が付いたのだと彼はじっと見つめる。例えば鎌鼬のような――奇っ怪な現象が女のように白い肌を傷付けたのだ。
彼はそれが気になり「傷できてるぞ」と指摘をしてみる。すると、男は漸く気付いたと言わんばかりの態度でそれを見やり、小さく首を傾げた。手の甲を傷付けた鋭い何かの存在に気が付かなかった自分が不思議で仕方がないのだろう。
男は慣れた様子でゆっくりと手の甲を口許に寄せる。小さな傷口からは人間とは異なった黒く、墨を溶かしたような液体が山のように盛り上がる。男はそれを舌で掬おうとしているのだ。彼はそれをただじっと見つめていて――やがて、耐えられなくなったように咄嗟に男の手を掴む。
何てことはない。ただ彼は男がやろうとしていたことを代わりに自分でやっただけだ。
手の甲の傷に口付けて、軽く舌の上に転がせて遊ぶ。その一瞬の動作に男は虚を突かれたように茫然としてしまう。彼はその手を離すと味を確かめるように口の中を執拗に動かして、「本当に血の味がする」なんて言葉を洩らした。
「…………何を……」
何をしているんだ、と言葉を言い切ることもなく、男は彼を見上げたまま驚くように見つめていた。
――ただの好奇心だ。男の体内を巡る黒い液体が本当に血液なのかを確かめたいがための、ひとつの好奇心。男は小さな傷を舐めるだけでまともな治療を受けたことがない。そんな男を彼は観察して、本来赤い筈の血液が黒ければ味は変わるのか、興味を持っただけ。
多少の変化があるものなのかと思っていたが、予想に反して男の血液は赤いものと変わらなかった。色がただ黒いだけで、これといって変わったような味はしない。つまらないと思う反面、口の中に残る不思議な味に彼は首を傾げながら「気になって」と言う。
「赤い血の味は知ってるから、――の黒い血の味が気になってたんだけど、あれ……まずかった……?」
彼は徐々に焦るように顔色を変えて、咄嗟に身を縮めながら「ごめん」と小さく呟く。その様子は先程の大人びていた態度から一変、叱られるのを恐れる子供のようだった。
可笑しな態度に心を擽られる反面、男は小さく「何ともないのか……」と蚊の鳴くような声で呟く。体に何も起きていないのか、と。
すると、彼は瞬きをして、こう言った。
「いや……何か、他のより美味いかもって思ったくらい……」
彼は頭を掻きながら男の問いに答えると、「美味いって何だよ」と自問をしては眉を顰める。何故そんな考えに至ったのかも分からず口をへの字に曲げて、テーブルに顔を突っ伏しながら徐に男を見上げてみると、――男は何とも言い表しようのない表情で悩ましげであった。
謂うならば自分の感情についていけないような、どこか嬉しいと思う反面複雑な感情を抱えているかのような、困っているようで喜んでいるような――妙な顔付きだ。
彼はそれを茫然と眺め、「どした」と言えば、男は瞬きをした瞬間に普段のような無表情に戻ってしまう。
「お前のような変な奴が現れるとは思っていなかったよ」
皮肉混じりの男の誉め言葉に彼は顔を顰めて「褒めるんなら分かりやすく褒めろよ」と悪態を吐いた。気が付けば男の手の甲にあった傷はすっかり消えていて、先程見かけた傷など幻覚だったのかと思わせるほど、白い素肌が残っている。
その要因も男が不思議だと思わせるもののひとつだ。
彼は「また治ってる」と興味深そうに呟けば、男は「俺だからな」なんて笑って、焼き菓子に手を伸ばす。理由にもならない男の言葉に彼は「何だそれ」と呟いて、残っている紅茶に手を伸ばした。
「まだ時間は残っている。俺が満足するまで付き合ってもらうぞ」
そう男が笑えば、彼もまた笑って言うのだ。
「へいへい、――の仰せのままに」