胸に潜むざわめきは

「――何を考えていやがるんだ」

 ぽつりと呟かれた不満げな声。低く、唸るようなそれに、モーゼはにこりと薄ら笑いを浮かべながら声の主であるヴェルダリアに顔を向ける。モーゼは教会の長椅子に腰掛けて、机に肘を突いたまま手を組んでいた。ヴェルダリアの問いにすぐ答えることはなく、数秒ゆっくりと天井やステンドグラスを仰ぎ見たあと、「別に?」と彼は言う。

「私はね、ヴェルダリア。ただ、邪魔なものを排除したいだけなのさ」

 利益は全て自分のものにしたいものだろう。

 そう言って手をほどき、薄く目を開く。ほんのり紫がかる瞳と、まるで別人のように輝く博愛の白が、ヴェルダリアの顔を捉える。よくよく見るとその白にはうっすらと、氷の色が滲んでいた。
 近頃モーゼの動きは誰が見ても不思議なほど穏やかで、攻撃的になる様子は何ひとつありはしない。元よりそういった一面しか見せていないということはもちろんのこと、裏の顔を知るヴェルダリアにとっても、今の彼はいやに大人しかった。

 ――とはいえ、何もしていないわけではない。モーゼは不意に姿を眩ませては、〝教会〟達にいる人間の頭の中きおくをいじり、ふらりと外に顔を出すようになっている。
 日常に支障を来さない程度にいじくられた記憶の中には、彼らにとって敵対すべき〝終焉の者〟に関するものが残らなくなった。
 これが一体何を意味するのかというと――。

「…………ああ、そうか。欲しいものを見付けたのか。お気楽な脳みそしてんな」

 くっ、と嫌悪を含めた笑みを溢し、ヴェルダリアはモーゼを睨むように見つめた。彼に嫌われていることを知っているモーゼは、ヴェルダリアの視線ににこりと笑みを返した。ヴェルダリアとは違い、嫌悪は感じられないものの、裏の顔を隠しているかのような妙な笑みだ。

 相変わらずのそれに、ヴェルダリアは笑みを消した。こういった表情を浮かべるときは大抵何かしらを考えている証拠だからだ。ほんの記憶の片隅にある表情も、手を出される直前に見たものと全く同じだった。彼にとって都合がいいように動けるよう、何らかの細工を施そうとしているのだ。
 それにヴェルダリアは警戒心を奮い起たせ、モーゼとの距離を測る。距離を詰められれば近距離に慣れているはずの彼でさえ、不意を突かれてしまうのだ。見た目にそぐわない魔力の気配は、ヴェルダリアの不意を突くにはもってこいのもの。常に視界に入れなければ、いつ背後を取られるかも分からない――。

「――まあまあ、そう警戒しないでくれるかい。君にはもう手を出そうとはしないよ。協力してくれなくなったら困るからね」

 ――そう警戒を露わにしているヴェルダリアを宥めるよう、モーゼは両手を上げて敵意がないことを示した。ほんのり眉尻を下げて困ったように言うものだから、それが嘘ではないことは確かなのだ。
 彼は恐らく理解している。欲しいものを得るために、ヴェルダリアの力が必要なのだと。
 モーゼがヴェルダリアに手を出したのはあくまで「自分の都合のいいように扱うため」を目的としていて、特別な悪意を持っていたわけではない。彼が彼女を手中に収めたのも、ヴェルダリアをいいように扱うためだった。

「…………どのみち、目的が終わればお前とは関わることもなくなるだろうよ」

 ほんのり嫌味たらしく呟けば、モーゼはにこりと微笑んで「そうだね」と言うのだった。