告白に戸惑い

「えっと……それを僕に言ってもよかったの……?」
「ああ……自分一人で抱えるには少し荷が重くてな」

 どうせならあんたに話そうと思って。そう言ったワタリの目の前にいるのは空の末裔だ。彼は普通の光霊とは違い、感知能力という特殊な力をその身に宿している。淡いブロンドの髪。平和ボケした平凡な顔立ち。「空の末裔」としての力を除けば、彼は光霊よりも遥かに弱い生き物である。
 しかし、その分光霊達から寄せられる信頼と人望は、厚いものだと言えるだろう。下手をすれば話に流されやすい妙に素直すぎる性格が難点だが――そんなものを気にするほど、ワタリには余裕がなかった。
 
 彼は自室で目を覚ましたあと、手持ちの端末でナビゲーターと呼ばれる彼に呼び掛ける。少し話に付き合ってくれないか、と短文を送り付けて経過を見れば、数分後にブリッジで落ち合う約束を交わしたのだ。
 空の末裔は至極不思議そうな顔をしていて、「おはよう」と挨拶を交わす。ワタリもまた小さく返事を溢して、近くに末裔が来たのを見計らって「随分と早起きだな」と言った。

 時刻はまだ日が昇りたての朝六時。普段なら眠りこけている筈の彼が起きていることが珍しく思え、思わず本題ではなく別の話をする。ワタリの言葉に彼は頬を掻いて、端末経由で他の光霊達にもやたらと起こされることを小さく呟いた。よく見れば彼の目元はほんの少し疲れているように見えて、ワタリは小さく首を傾げる。
 タイミングが悪かったのだろうか。早起きは健康にいいというが、疲れを溜め込みすぎるのもよくはない。他人に聞かれるのも嫌でなるべく人のいない時間帯を選んだが――、それが仇となったか。

「まだ寝るか?」

 試しにそう問い掛ければ、末裔は首を横に振って「いや、いいよ!」と答える。

「ワタリ先生には日頃から頑張ってもらってるからね。僕はこれくらいしかできないけど、力になれるのなら」

 そう言って気の抜けるような笑みを浮かべるものだから、ワタリはそれに甘えることにしたのだ。

「あんたがそう言うなら話すが……先生と呼ぶなよ」
「あっ」

 元外科医という点が彼をそうさせているのか。不意に「先生」と呼ぶ末裔の言葉を指摘してから、ワタリは先日にあったことをぽつりぽつりと話す。
 
 昨夜に夜を堪能していたこと。人気のない時間帯に不意に訪れてきたバートンのこと。他愛ない話をしていた筈が、気が付けば親密な雰囲気に移り変わって、色恋の話へ変わってしまったこと。そうして「好きだ」と言われてしまったこと。
 それらを聞いて彼は驚きと、戸惑い――ほんの少し焦るような顔を見せてから小さく唸って「言ってもよかったの?」とワタリに聞いた。本来なら人に話すべき内容ではないことであることは分かるのだが、どうしても誰かに分かち合いたくなってしまったのだ。
 ワタリにとってその対象が空の末裔であっただけで、特別な意味などはない。

 彼の問い掛けに答えたあと、ワタリはほう、と一息吐いた。本人は自覚していないだろうが、仄かに緊張をその身に宿しているのが窺える。無表情の中に潜む表情の強張りが、知らず知らずのうちに吐いた溜め息が、緊張感から来るものであることを裏付けている。
 ワタリ自身は気が付いていないその緊張を、空の末裔はひしひしと感じていた。
 感知能力を使えば確かな感情が伝わるだろうが、そうもしなくとも表情ひとつでそれとなく気が付けることもある。無表情でひた隠しにしている感情が、僅かに滲み出ているのだ。
 ワタリは何気なく組んでいる手を頻りに動かして、再び溜め息を吐いた。先程よりもいっそう深く、長い溜め息だった。

「ええと……ワタリはバートンが嫌なの?」

 重苦しい沈黙をどうにかしたい――その一心で呟かれた末裔の言葉に、ワタリは手を口許に添えて考えるような仕草を取る。日が昇りたての明るいブリッジで、僅かに青く濡れたワタリの白い瞳が伏せられる。
 嫌か、と訊かれて上手く言葉を探し当てられないのは動揺の所為か。切り開いた道を、ワタリが駆け抜ける様子を末裔も気に入っている為、日常的に一緒に戦場に赴くことが多い所為で欠点すらも思い当たらないのか――彼の問いにワタリは口を閉ざしたままだった。
 それでもバートンに応えようとしないのは、ワタリ自身に「その気」がないからだ。

「……なあ。勘違いってことはないか?」
「……それは、バートンがワタリのことを好きだっていうのが?」
「それ以外になにがあるんだ」

 あまりにも自分の中で見付からない答えに痺れを切らすように、ワタリは伏せていた目を空の末裔に向けた。無表情だった筈の瞳に僅かに迷いが見られるような気がするが、彼は何も言うことはない。
 ワタリの質問に末裔は腕を組み、頭を捻る。日が昇った所為で彼のブロンドの髪が目映く煌めいて、ワタリが小さく顔を顰めたのに彼は気が付かなかった。

 時間にして凡そ数分。その間にも彼は頭を悩ませるように眉間にシワを寄せていて、ワタリは思わず「そんなに難しいことか?」と訊いた。彼の質問に空の末裔は「うん」と小さく頷いて、そうっとワタリの顔を窺う。機嫌を窺うような仕草にワタリが不思議そうに言った。

「簡単な話さ。俺とあいつは同じ時間を過ごしすぎたんだ。向こうが思っている――かどうかは分からないが、単なる『居心地の好さ』を『好き』と錯覚しただけだ」

 そういう可能性があるとは思わないか?
 僅かな微笑み。まるで自分の言葉が可笑しいと言わんばかりのその表情に、末裔が首を横に振った。先程の悩んでいた様子など気のせいだと言うように、ワタリの言葉を彼はすぐに否定した。
 何故――そう問い掛けようとしたワタリに、末裔は組んでいた腕をほどき、頻りに指を絡める。迷いと緊張――それらが伝わってくるような気がして、ワタリは声を掛ける気にもなれなかった。
 すると、彼は何かを決意したように「よしっ」と己を鼓舞してから、ワタリの顔を真っ直ぐに見つめる。
 酷く純粋で混じり気のないそれに、ワタリは一瞬だけ息を呑んだ。

「実は」
「……ああ」

 喉の奥から絞り出したような言葉に、彼は返事をする。しっかりと話を聞いてやると言わんばかりに。

「数日前に相談を受けていて、その……バートンに」

 突然の告白にワタリは「何の」と問い掛けた。この状況で出てくる話題など限られているのだが、僅かな可能性を懸けてより詳しい内容を聞こうとしたのだ。
 ――もちろん、無駄な足掻きであることは明白だった。

「き……君のことが好きだって、さ」