気が付けば季節も、年月も過ぎ去って高校から大学へ。金銭面は何故か親戚が支援してくれていたが、年を重ねる毎に丹楓も薄々気が付いているのだ。自分は彼らにとって都合のいい駒であり、何らかの事業を成功させるために表立つ為のマリオネットに過ぎないと。その為にはまずは学業に身を置き、一般以上の知識と知恵を身に付けなければならないのだ。
さわさわとさざめく木の葉が擦れる音が聞こえる窓際の席を選んで、丹楓は講義が始まるのを待っていた。期限は一年と全く短い制限付きではあるが、勉学に励むことは嫌いではない。寧ろいくらか家柄と離れられる時間を与えてくれる、数少ない機会だ。一年など手のひらから水が零れ落ちるように一瞬である。その時間をひとつひとつ噛み締めるために、丹楓は一日一日を大切にしていた。
丹恒は中学から高校へと進学した。話をする度にどうにも親しい友人ができたようで、毎日が忙しなく、そして楽しそうだった。最近は高校に申請をして、近くの喫茶店でバイトもしているらしい。彼の学費も親戚が援助してくれたようだが、どうにも丹楓の件があってか、いまいち信用しきれていないようだ。
――――かく言う丹楓も、彼女の目を盗んでこっそりと高校からバイトを始め、いくらかの貯金を蓄えている。元より一般的な学生よりも私利私欲がない丹楓は、自らに金を使うのではなく、ただ蓄えていくだけだった。その行為は最早趣味の一環にもなっていて、大学に進学した今も勉強とバイトを両立させている。丹恒と同じ喫茶店でのバイトではあるが、彼と同じ場所ではない。バイトの話を持ちかけられたとき、同じ場所で働くかと聞いたが、丹恒は首を横に振って「大丈夫だ」と言った。どうやら少しでも丹楓の負担を減らすために、そして丹楓に甘え続けないようにしたいようだった。
――――何だかさみしい、ような。
――――寂しくないと言えば嘘にはなるが、丹恒の成長が素直に嬉しいと思った丹楓は、それを応援した。しかし、勉学を疎かにしてはいけないぞ、と釘を打てば、丹恒は深く頷いて「分かっている」と彼に言う。それを機に丹恒もせっせと働くことを覚えた。
彼のバイトと学業の生活は充実しているらしい。先輩は強面な上に口数も少ないけれど、行動の節々は優しいところがあるのだと丹恒は言っていた。時折疲れ切った表情はするが、テストの期間にはシフトを入れないようにして勉学に専念している姿を見かける。成績は上々。将来的にも困ることはないけれど、丹楓は丹恒には大学もしっかりと通ってほしいと思っている。
賢く大人しく、きっと就職にも困らない。そのためにも丹楓は専念しないと、と思うのだ。いつか親戚と縁を切れるように。
――――なんて考えながら日光を浴び、講義の開始を待っていると、トンと肩に手を当てられる。極力驚かせないように添えられたそれに、丹楓は顔を向けた。開始前の僅かな自由時間を満喫している室内の中、一際目映い髪色にチクリと目の奥が小さく痛んだ。眩しい、と胸中で文句を洩らしながら馴れ馴れしく触れてきた彼に瞬きで答えた。
「おはよう、丹楓。相変わらず早いな!」
人当たりのいい声掛けに、誰にでも向けていそうな笑顔を丹楓に向けてくる。周りから浮いたような白い髪色は彼の一番の特徴で、藤紫色の瞳は丹楓をじっと見つめている。丹楓が顔を向けるのに合わせて肩に置かれていた手は、人差し指が丹楓の頬を突く。引っかかったな、と告げた彼の笑った顔は夏に咲く向日葵のように華やかだ。一般的に言う「太陽のよう」はまるで彼にもってこいの言葉だ。
「応星……其方は相変わらず草臥れているな。また工房にこもりきりだったのか?」
人よりも多少垂れ目がちの目元に少しだけ疲れた色が見え隠れする。朝から疲れた顔をしているものだな、と思っている丹楓の隣に応星は気軽に腰を下ろす。肩に提げたリュックを隣に下ろして、肘を突いてからくぁ、と欠伸を洩らす。顔付きはまだまだ若いと呼ばれる年代のものだが、背を丸めて草臥れた姿は丹楓の心配を揺さぶった。