「月見団子ぉ?」
「そう、月見団子」
――って何だそれ。
女に群がった〝教会〟の人間達を追い払いながら、ヴェルダリアは眉を顰めた。
晴れた空の下、垣根や庭の木から溢れ落ちる枯れ葉を箒でかき集めていた彼らは、モーゼの言葉に目を丸くした。
今日は月を見ながら団子でも食べようか。
そう言ったのは紛れもなく〝教会〟の頂点に立つ男。白い服に身を包み、薄紫の瞳と白い瞳を瞬かせながら、空を青いで呟く。枯れ葉が風に拐われるのを耳にして、何を突拍子もないことを、とヴェルダリアは呟いた。
「東の方から伝わったものでね。月を見ながら晩酌をしたりするらしいよ」
私も詳しくは知らないんだけどね。そう言って薄ら笑いを浮かべるモーゼに、ヴェルダリアは鬱陶しそうに髪を掻く。燃えるような赤い髪が、形を崩す度に風に拐われた。
今日は少し風が強いなんて思いながらも、モーゼの意図を探るように睨みを利かせる。――しかし、その顔はどこぞの誰かを彷彿とさせるように、全く表情が読めなかった。
食えねぇ奴だな、なんて思いながら、身の丈ほどはある外箒を杖にする。先端に折れ目がつくのも気にせず、「何で急に」と訊けば、モーゼは軽く瞬きをして何食わぬ顔で言った。
「何となくだよ」
「はぁ?」
モーゼが言うほどだ、何らかの意図があるのだろう。
――そう思って訊いた筈の真意に、彼は肩を落とす。
ただ、何となく、したいからそうする――そんな意志がモーゼから伝わってくる。特別な意図はない。折角だからこの月を楽しまないか、なんて言いたげな顔に、ヴェルダリアは苦笑いを浮かべた。
「お前も庭掃除をしたらやってやんよ」
未だに風に拐われ続ける木の葉を追うのは、困り果てたような顔のレインと、周りの〝教会〟達。はらはらと舞うそれを集めては、風に巻き上げられるのを見て、一部の人間は風に向かって文句を言う始末。
「いい加減にしろよお前ぇ!」だなんて聞こえる筈もないのに、八つ当たりのように叫んだ。
そんな様子を見かねてか、街の子供達もわらわらと群がり、ガラ袋へ枯れ葉を入れるような仕草も見受けられる。「こっちもどうぞぉ」と放たれる言葉に、男達が喜びの声を上げるのは最早一連の動作だ。
そんな様子を軽く一瞥してから、モーゼは「汚れ仕事嫌いなんだよねえ」と口を洩らした。あくまで掃除をするヴェルダリアの前で。
あからさまに喧嘩を売っているのだと分かるそれに、彼の手指が動く。
冗談なのか、本気なのかの判断はつかない。ただ、こちら側に明確な悪意を抱いているのは確かで、箒を持つヴェルダリアの手に力がこもる。
一度でいい、殴ってやりたい。――そんな衝動が彼の耳許で囁かれるが、ぐっと堪えること数十回。自分は弱味を握られているのだと、何度も燃えるような怒りに水をかけ、冷静を取り戻すように努めた。
「その汚れ仕事を人様にやらせてんのは、どこのどいつだったかなぁ」
ぐっと堪えて紡いだ言葉に、モーゼが瞬きを数回落とす。「この挑発に乗らないなんて成長したねぇ」とにこやかに微笑んで、我が子を見るような目付きをすれば、流石の彼も顔を強張らせた。
不気味な顔をしてんじゃねえよ、と悪態を吐く。すると、モーゼは軽く笑って、「そんなに不気味だったかな」なんて自らの頬をつねる。ほんのり歳を重ねたような素肌に、む、と言葉を洩らしていた。
「まあ、だからと言うわけでもないんだが、少しくらい余興を楽しもうかと思ってね」
頬から手を離し、今度こそ裏のない笑みを浮かべると、彼は「へえ」と訝しげな顔をした。
この日が終わればまた収穫祭への準備で勤しむことになる。規模が大きい祭り事はこれで三回目。街の広さと規模の大きさは比例していて、準備に一ヶ月程度と、当日に忙しなく動く。
その期間に入れば、彼ら〝教会〟の人間も、街の住人も、休みなく動くことが専らだ。そうなれば当然、疲れきった者も出てくる上に、所謂打ち上げ、というものもすることがない。
ならば少し、一息吐く時間を作ろう、というモーゼの粋な計らいだった。
それが今日の月見、ということだ。
晴れた空を指差して、男は「どうかね」と呟く。青い空には白い雲がほんの少し漂っているだけ。この晴天は夜にも見られるだろう。荒れた様子もなく、風も少しは穏やかになっているに違いない。
――だが、その対象になるのは、あくまで教会に身を寄せているヴェルダリアと、レインだけなのだ。
他の奴らを誘えばいいのに、と何度思ったことだろうか。――しかし、大抵誘いを入れてくる場合には、モーゼが何らかの話を持ち掛けてくることが大半だ。下手に断れば、弱味を握られている彼は、何かを失いかねない。
試しにほんのりと、「別の奴は」と呟けば、「それぞれ家庭があるからねえ」とやんわり断りを入れられた。表向きは家の事情を挙げているが、実際は人の溜まりが苦手だから、というのもあるだろう。
「……何か話があんのかぁ?」
答えを自分で探すほど気が長いわけでもないヴェルダリアは、単刀直入にモーゼへと疑問を投げた。何か、秘密の話でもしたいのかと、暗に訊いているのだ。
例えば、本の内容をある程度まで読んでしまって、少しでも真意に近付けた、だとか――。
――しかし、そんなモーゼへの警戒も虚しく、男は呟く。
「単純に、少し休もうって話だよ」
薄ら笑う男に「本当に?」と更に追い討ちをかければ、男は「本当さ」と言う。
「それに――きっと、誘いの声を掛けなくても、他の者も集まってくるんだよねえ」
――そう他人事のように呟くモーゼの視線の先に、レインがぼんやりとヴェルダリアの背中を見つめていたのだった。