朝、目を覚ましてノーチェは体を起こす。
ほんのりと冷えた朝の空気が、頬を撫でて堪らず体を震わせる。腕を擦ってから辺りを見渡して、机の上を眺めてから欠伸をひとつ。起こしにくる筈の終焉がいないことに首を傾げてから、布団から這い出て、遮光カーテンに手を伸ばした。
いつの日から遅くなった日の出に、外は夜のように暗いまま。時間も分からずじまいだが、普段よりもどこか寒く思える点において、起きる時間が早かったのだと彼は思う。
二度寝をしようか悩みながら再び欠伸をして、ノーチェは部屋を出る。洗面台に向かって歩き、用を済ませて、何気なく顔を洗う。
部屋に戻ろうと廊下を歩いていたとき、鼻をくすぐる芳ばしい香りに腹の虫が鳴って、思わず両手で腹部を押さえた。
お腹空いた、と人知れず呟いて、寝間着のまま階段を下りる。寝惚け眼を擦りながら香りが漂う方へ歩いて、リビングの扉を開ける。
――ふと、目に飛び込んできたのは、菓子が盛り付けられていた筈の大皿だった。
そこには菓子の欠片もなく、空になった白い皿がぽつんと残されているだけ。終焉が一人で全てを平らげてしまったのかと思うほど、綺麗に片付けられていた。
小首を傾げて、ノーチェはキッチンの扉を開く。ぐっと押し開けて、中に入ると何かを焼くような音が部屋に響いていた。
「む、早いじゃないか」
ノーチェの存在に気が付いた終焉がふ、と声を掛ける。
その言葉にノーチェは小さく頷いてから「んぅ」や「む、」なんて生返事を溢して、三度目の欠伸をする。大きく息を吸って、目尻に涙を溜めてから「……おきた」なんて言った。
朝に弱いわけではないが、寒さによる眠気がノーチェの体の動きを鈍らせているのだろう。時間がかかった返事に終焉は「ああ、おはよう」と言えば、彼は「ん、」と返した。
「……昨日はよく眠れたか? 少し仕置きをしたら大人しく帰ってくれたが……」
「…………お仕置き……?」
「大したことじゃない」
ふ、と笑って終焉は朝食の準備に取り掛かる。今日は朝からフレンチトーストなんて焼いていて、ノーチェは「朝ごはん」と小さく口を溢す。
「ノーチェは別に作ろうと思ったが、食べるか?」
焼き立てのそれを指差して終焉は彼に問い掛けた。
彼は準備の顔を見てから、同じものを食べるのも悪くないと首を縦に振る。ノーチェの肯定に男は「分かった」と言ってから、向こうで待っていてくれと彼に告げた。
指し示されたのは大皿が残っているリビングの方で、皿に盛り付ける男を後目に、ノーチェは来た道を戻る。扉を開けて、普段から座っている椅子に腰掛けて待てば、数分で終焉が扉を開けて現れた。
器用にフレンチトーストを盛り付けた皿を片腕に載せている終焉は、今日の出来は悪くないと言いながらノーチェの前に置く。甘い香りが目の前から漂って、黙っていた腹の虫が再び鳴いた。
「…………甘いもん……」
「うん?」
「……甘いもん、どうしたの……」
そっと差し出されたナイフとフォークを受け取り、彼は男に訊ねる。
テーブルに取り残された大皿を見つめながら首を傾げてみれば、終焉は「ああ」と今気付いたかのような声を上げる。てっきり一人で食べてしまったのかと思っていたのだが、男の表情を見るに予想とは違う答えを返されるのだと分かった。
「どうやら全て持っていかれたらしい」
そう呟くや否や、終焉は呆れたように溜め息を吐いた。その様子から、多少は自分でしっかりと処理を済ませたかったのだと窺える。フレンチトーストを一口サイズに切る手元は疎かで、相当なショックを受けているのだろう。
「持っていかれた」――その言葉に彼はぼんやりとトーストを見つめてから、んん、と呻き声を上げる。
先日の祭りでお決まりの台詞を考えれば、無くなった理由など容易に想像がつく。おおかた話にあった「本物」が、悪戯をしない代わりにお菓子を持っていってしまったのだろう。
大皿に載せるほどの量を、一晩で持ち出されてしまったのが、男は気に食わなかったようだ。
「まさか全部だとは思っていなかったな……」
落ち込むような声色に、無表情のまま終焉は手作りのフレンチトーストを食む。十分に焼き上げてさっくりと音を立てる表面と、柔らかい生地に男は舌鼓を打つ。
それを見かねたノーチェもまた、同じように口へと運んで、咀嚼をした。
悪くない。
その言葉に彼も首を縦に振る。
だからこそ、空になった大皿を見てから、ふて腐れたように唇を尖らせたのだった。