――あまりにも暗い。視界が宛にならない。手に当たる冷たい感触は、土の上ではないということだけを確かに伝えている。ならば、この体に伝う寒さは一体何なのだろうか。
一つ一つ丁寧に、コツコツと音が近付いてくる。それは、恐らく目の前で止まったのだろう――不意に現れた小さな火に、男がびくりと肩を震わせる。
「――本当……厄介だね、お前という生き物は。約束ひとつも守れないのかい」
冷めた声色で呟くのは初老とも言えなければ青年とも言い難い、低い声音だった。その言葉を紡ぐ唇から冷えた空気が吐き出されているような錯覚が、男に襲い掛かる。どこか暗い見慣れない場所に――それこそ冷蔵庫にでも押し入れられてしまったかのように、震えと寒さが止まらなかった。
「まあいい」声の主はそれだけ一言呟くと、怯える男の顔を鷲掴みにする。
そして――。
「こんな記憶、無くしてしまえばこちらのものさ」
そう言って、藤紫の瞳が妖しく揺らめいた。
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