目の前に飛び込んできた光景に、ノーチェは目を見開く他なかった。
昼間だというのにやけに薄暗い部屋。窓から差し込む日の光を遮断するように厚手のカーテンが風にも揺れず、しんと静まり返っている。寝具の上の布団は丁寧に畳まれていた筈が、乱暴に扱われたかのように捲れては端が寝具からずり落ちている。微かな傾きも許されなかった部屋の絨毯は踏み崩されたかのようにぐしゃぐしゃに歪んでいて、綺麗さは見る影もない。本棚に綺麗に並べられた本は今は床に散らばって、整っていた机は引き出しが出ては無惨にも荒らされていた。
一度足を踏み入れた筈のその部屋が彼にとってやけに馴染みのない――初めての場所に思えてしまった。荒れた部屋の全貌は見て分かるほど、初めて見たものとは異なっている。薄暗さは変わりのないものに思えたのは、現状が異なっているからだろうか――。
ノーチェはその光景に足はおろか手指のひとつも動かすことができずにいた。何せ目の前に映るそれが現実のものだと認識したくなかったのだ。
幾度となく見てきた筈のものではあるが、唐突に目の前に現れるようなものかと言われれば、恐らくそうではないだろう。見せる意志がなければ見る機会もない筈のものだ。――そして、鼻につく独特な錆びた鉄のような香りも、少しまでは遠い存在の筈だった。
放心するノーチェを他所に、それを呼び起こす原因となったもの達が「こんなところに居たのか」と酷く冷めた口調で言った。暫く見ることはないだろうと思っていたその存在が目の前に現れたことに彼は確かに戸惑いを覚えたが――、それを凌駕するものがノーチェの目の前にはあった。
正確には座っていたという方が正しいだろうか。部屋にあった椅子に深く腰掛け、腹部でゆったりと両手を組んでいる。部屋に居るというのに溶け込むような黒い服は恐ろしいほど目立たず、目を凝らさなければその姿を捉えることはなかっただろう。
それでも彼は難なく姿を捉えることができた。何故ならそれをつい先日まで目にしていたからだ。服装こそまた別のものだったが、着る本人が変わらなければ印象も変わることはない。
ただ、異なる箇所を上げるとすれば、力なく項垂れたままの頭だろうか――。生気を感じさせないほど項垂れたその様子は誰がどう見ても明白だ。長く黒い髪が垂れたまま毛先も動かない。人形にでもなってしまったように微動だにしないそれは、最早生き物と呼ぶには相応しくなかった。
酷く青白い肌、閉ざされた瞳、こめかみから垂れるそれが頬へ伝う。
誰がどう見てもそれ――〝終焉の者〟は死んでいたのだ。