――そう気持ちを落ち着かせて終焉は屋敷の扉を開いた。青い空に広がる雲の厚みが増しているように見えるのは錯覚でもないだろう。早いこと事を済ませなければ洗濯物が雨に晒されてしまうかもしれない――。
そう思う矢先に終焉は徐に口許に手を添えて、「ふむ」と呟きを洩らし、踵を返す。長い髪をひとつの尾のように揺らし、向かった先はいやに薄暗い終焉の自室。扉を開けて、流れるように椅子に腰かけて、椅子ごと扉へと向き直ってやる。
「――随分と優秀だな、外の人間は」
頬杖を突いて語りかけたその先にいるのは、くすんだ深い緑色のローブを羽織った三人の男達だった。
見たところ終焉はそれらに見覚えはない。恐らくまた別の同業者――〝商人〟が屋敷を突き止めたのだろう。それぞれ懐から拳銃を取り出し、銃口を終焉へと向けている。そのうちの一人が「貴様が攫った奴隷はどこに居る?」と口を開いた。
それに対して終焉は呆れるようにふう、と溜め息を吐く。
「何故私がそれに答えなければいけない? 捜し物なら自分の目で見つければいいだけのことだろう」
男はあくまで正論を述べたつもりだ。何せ自分が大事にしておきたくて〝商人〟から奪ったものを、自ら居場所を明かすような愚か者ではないからだ。
目の前の男達は終焉の動揺の無さに、多少の驚きを覚える。彼らが終焉に向けているのは玩具でも何でもない、本物の拳銃だからだ。生きている以上、自分の生を脅かすその存在を向けられたら動揺は隠せない筈だが、終焉はまるで興味なさげに肘を突いたまま彼らを見据えている。
それどころか敢えて挑発するように言葉を発したのだ。まるで、意識を自分から逸らさせないように。「ああ、すまない。貴様らにはそんな知能はなかったな」なんて言って、ただ神経を逆撫で続ける。
勿論見え透いた挑発に易々と乗る〝商人〟達ではなかったが――、終焉のその態度は脅されているとは思えないほど大きいのが酷く不愉快だった。足を組んで肘を突くその様子はまさに君臨者そのもの。普段から顎で使われている立場の者からすれば終焉の態度はあまりにも不愉快で、腹立たしくて――
「自分が今置かれている状況が解らないのか? 死にたくなければ奴隷の居場所を吐け……!」
八つ当たりするには格好の餌食だった。
死にたくなければ居場所を吐け――そんな言葉が終焉の頭の中で反響する。吐かなくとも屋敷を軽く見渡せば出会える筈の彼の居場所など、どう伝えろというのか。仮に自分が撃ち殺された後、ノーチェをこの場で見つけたときの彼らの反応は一体どんなものになるのだろうか。驚き、笑い、呆れ――どれもこれもつまらない人間の反応ばかりだ。たまには遊びも交えてみるのもいいだろう――。
死にたくなければ、死にたくなければ――そう言葉が繰り返し男の頭の中を回っていく。死ねたらどんなに楽だろう、なんて他人事のように思ってみるのだから、この頃の終焉は多少我を忘れていたのだろう。
――瞬間、〝商人〟の背筋に悪寒が走った。終焉へ向けていた銃口を思わず下ろしかける。部屋がやけに薄暗く思える所為か、体に迸る妙な寒気は冬のような感覚を呼び起こした。
終焉が笑っていたのだ。弧を描く鋭い目、不自然に歪む口許。手を組み直し、今から面白いことで遊ぼうとするような雰囲気を漂わせて言葉を紡ぐ。
「居場所は吐かない。だが――貴様らが私を殺せたら、そのときは彼を譲ろう」
もっとも、それができるとは思わないがな――。
その最大の挑発に〝商人〟は堪らず引き金を引いた。