「……本当……あんたの影響はいつだって凄いのね」
ぽつり。小さく呟かれた言葉が終焉の暗い部屋に染み渡る。暑い筈の外の空気も、小煩い蝉の声も、一切が遮断されるほどの深い暗さに、リーリエは独りごちる。備え付けの椅子に座って、机に肘を突いて、ノーチェの帰りを待っているのだ。
傍らの終焉は、はあはあと荒い呼吸を繰り返しながら布団を握り締めている。額には汗が滲み、あれだけ変わらなかった表情は強く歪んでいた。酷く魘されている様子に「手が掛かるわぁ」と呟いて、乾いたタオルで顔の汗を拭ってやる。――それの繰り返し。
稀に終焉の呻き声が聞こえてきて、相当無理を強いていたのだと、痛感されるほどだ。
原因は明白だ。リーリエの目に狂いはない。過度な労働と、睡眠不足。そして――<ruby><rb>食事の制限</rb><rp>(</rp><rt>・・・・・</rt><rp>)</rp></ruby>。それらが終焉の体に異常をきたし、倒れて発熱にまで追い込んだのだ。
食事の内容を、この男はノーチェに伝えたことがないのだろう。口にして「上手い」と感じられる甘味の他にあとひとつ。生きる上で大切であるだろうものを、終焉は滅多に口にしなくなったのだ。
その原因もやはりノーチェにある筈で。リーリエは堪らず「無茶をするのねぇ」と、汗を拭いながら呟いていた。
恐ろしく我慢強い男だ。倒れる寸前まで、顔には一切出さなかったのだろう。熱に慣れていないであろう冷たい体に、発熱はキツいものがあるのかもしれない。ノーチェはそれを懸念して街に行ってしまったのだと、女は決定付けることにした。
街から屋敷への往復には数十分から十数分掛かる程度だが、向かったのはノーチェだ。未だに街の広さや人混みに慣れていない他、また誰かしらに目をつけられている可能性もあり得る。特に後者など、可能性が高いほどだ。いくら終焉が倒れているとはいえ、ノーチェ自身も痛い目に遭わないなど、決定付けられるものではない。
どうか少しでも、二人が早くどうにかなりますように。
――そんな気持ちを込めながら、リーリエは「お腹空いたわねえ」と溜め息がちに口を洩らした。
すると――
「――……」
「……あっ……?」
――魘されていた筈の終焉が、ゆっくりと目を覚ましたのだ。