癒えない渇き

 ザアザアと体を打ち付ける雨が鬱陶しかった。それでも構わずじゅるじゅると音を立てながら血を啜ると、ぽつりぽつりと退屈しのぎに男が呟く。「全く、いくら言っても話を聞かないな」だの「誰にも見つけてもらえなかったらどうするつもりだったんだ」だのと、説教じみた言葉の数々が鼓膜を揺さぶっていた。
 それらに意識を向けることもなく、ノーチェは一滴も溢さないよう、入念に飲み続けた。傷口から溢れる血液を舌で掬い上げ、気が済むまで喉を潤し続ける。飽きもせず喰らい続ける様を見かねて、男が小さく笑っているのが分かった。
 男の体内を巡る血液は常人とは遥かに異なっている。混じりけのない純粋な黒――――まるで墨を溶かしたかのような液体は、見た目とは裏腹に錆びた鉄の香りと味がした。その中にどうやら潤沢な魔力が宿っているようで、普段と代わりのない鉄臭さの中に、慣れないものを感じる。
 後味なのか、それとも空になった魔力を外部から摂取していることに体が満たされているだけなのかは分からない。――――けれど、癖になるような味わいだと思ったのは確かだ。

 ――――クセに、なった。

「どうしようもないほどに学習しないな、お前は」
「…………返す言葉もねえ…………」

 溜め息を吐きながら呆れたように呟く男に、ノーチェは頭を抱える。衝動的に飲み下した代償に、男の顔色は少しばかりに悪いように見えた。反省の意を持って彼は散らばっている書類をかき集め、端を揃える。順序は関係ないと男は言っていた。試しに中身を見たところで、ノーチェにはひとつとして理解はできなかった。
 かき集めたそれらを差し出せば、男が静かにそれを受け取る。普段通り何食わぬ顔で。――――何事もなかったかのように。
 呆れられているだろうが、少なくとも失望はされていないようだ。
 人知れずほっと一息吐いて、「後片付けをしないと」と言えば、男が「行ってこい」と背を押す。

 喉の渇きはもうなかった。