間食から凡そ数時間後。何を思ったのか、終焉がリーリエも交えてノーチェを連れながら街を訪れる。すっかり真冬になった街は春ほどの活気もなく、子供や大人達は温かな格好で買い物に勤しんでいる。今日はお鍋にしようか、なんて言葉が聞こえてきて、ほんのり恋しさが増した。
終焉の後を歩くノーチェの後ろを、リーリエがこそこそと付いて回る。その姿は怯えている――のではなく、ただ単純に寒さに震えているようだ。
それもそのはず。女は普段と変わらず黒いドレス姿のまま。足元はスリットが入っていて健康的な黄色の肌がちらちらと覗いている。その様子に流石のノーチェでさえも寒さを覚えてしまって、ほんの少しだけ同情が湧いた。
街の中を歩きながら彼は「他に服ないの?」と口を洩らす。その問い掛けに、リーリエが「あー……」と煮え切らない言葉を唇から溢した。暗に持っていないことを指し示しているようだ。
「……全く、愚かなやつめ」
そう、口を挟んできた終焉は、街中で見つけた衣類を適度に選んでいて、頭を悩ませる。やはり不思議なことに、終焉は他の誰にも気が付かれていないようで、黒い服を全身にまとっていたとしてもまるで他人の目に留まることがなかった。それどころか無意識にその場を避けているように、他人が終焉の周りに寄ってこないのだ。
この奇っ怪な現象を目の当たりにする度に、彼は不思議だな、と何度も思った。ノーチェのことは誰もが視線を送る上に、リーリエのことは訝しげな目を向けている。あたかも黒服を嫌悪しているかのような視線に、ノーチェは少しばかり嫌気が差した。
――早く帰りたい。
そう思う気持ちがふつふつと湧いてくる。終焉はリーリエの黒いドレスに似合うものを探しているのか、頻りに女物のコートを漁っていった。まるでノーチェのことを気に留めている様子もないような態度に、不快感すら湧いているのは確かだ。
――確かにノーチェは終焉に付いて回るだけの人間ではあるが、ここまで視線すらも送られないとなると話は別だ。
何となく存在感を意識させたくて、彼は終焉のコートを軽く握った。寒さに晒すのも嫌で素肌を隠していたが、手を隠したままでは服を握るのもままならない。
――くんっ、と軽くそれを引くと、終焉の腕が僅かに動いた気がした。
「――どうした」
数時間前にも聞いた言葉を再び聞いて、ノーチェはそうっと終焉の顔を見上げた。
彼と男の身長差は十数センチであり、見上げれば自ずと視線が上目になる。その視線の先にはある終焉の顔が不機嫌ではないことを祈りながらそっと見上げると――、至極不思議そうな表情をした――とはいえ、ほんのり眉が上がっている程度の――終焉がノーチェを見下ろしていた。赤と金の瞳が、寸分の違いもなくノーチェだけを見つめている。
それに満足して、ノーチェは軽く首を横に振り、「何でもない」と言った。良さそうな服を見繕えたのかどうかを聞いてやろうと思っていたが、終焉がノーチェに視線を向けたのに満足してしまったのか、彼は何を言うこともなくその手を離した。
彼の隣ではリーリエが寒さに体を震わせていて、どうにも見ていて滑稽だ。
「他に服はないの」
そう訊くと、女は「こういうの以外はあんまり目に入らないのよ」と震えながら呟く。肩や足が露出している分、寒さが堪えるのだろう。せめて露出を控えたようなドレスにすればよかったんじゃないの、とノーチェが呟いてみれば、リーリエは「確かに」と言っていた。
服選びは存外時間がかかるものではなく、気が付けばその場を離れていた終焉が二人の元に戻ってくるや否や、手元には黒い――よく見れば黒に近い濃紺のコートが携えられている。
それをリーリエに放り投げ、終焉は呆れたような口振りで「着ていろ」と言った。
「あら!? 本当にいいの!?」
「…………何で俺を見るの……?」
放り投げられた濃紺のコートを抱え、リーリエは終焉ではなくノーチェを見ながら声を上げた。あまりの声量に周りの他人がこちらに視線を向けるのではないかと、咄嗟に辺りに視線を向けたが――、やはりその場にはいないかのように誰も彼らを見ることはしなかった。
相変わらず不思議な現象だ。まるで、道端に生えている雑草にでもなったかのような気分だ。
リーリエは「じゃあ着ちゃうわね」と言いながらコートの袖に腕を通す。フェイクファーをふんだんに使った、あたかも毛皮のコートのようなそれに、女は満足げに笑った。寒さから身を守る温かさと、柔らかな触り心地にとても満足したようだ。
ほんの少し、オーバーサイズなのか、出しきれていない手が腕を擦る。ドレスの上にコートを着るだけでこんなにも雰囲気が変わるものなのかと、彼は感心してしまった。
温かいわ~と宣う女を他所に、終焉は店を後にするものだから、ノーチェと思わず男の後を追い始める。彼も彼で終焉には数えきれないほどのものをもらってきたが、やはり今まで「自分だけ」だった特別な対応が他の人間にも振る舞われると、胸の奥が焼けるような印象を受けた。ずるい、などと思い始める自分自身に、ノーチェは嫌気が差す。
――しかし、感情はいつまでも留まることを知らなかった。
「置いていかないでって」
そう言いながらちょこちょこと二人の後を追ってきたリーリエがピタリと足を止める。まるで少女のような満面の笑みを浮かべていたが、ほんのり冷や汗をかくと同時にゆっくりと目を逸らした。
終焉の陰に隠れる形でリーリエを見つめるノーチェの瞳が、酷く強く、睨んでいたからだった。