芋が安い。紫色の皮を持つさつまいもが安い。
店の中で食材を眺めること数分。芳ばしい香りに惹かれて歩いた先に、それはあった。
秋といえば定番の、紫色の皮を持つさつまいもが格段に安くなっている。今年も豊作、甘さが際立つそれを皮ごと焼いて、焼きいもにした状態のさつまいもが随分と安くなっていた。
終焉が作る予定の夕飯に加えて、練習するために買った月見団子の材料が手持ちのカゴに敷き詰められている。それに加えて焼きいもを買うか買わないか――終焉はたった一人で悩んでいた。
男が悩む要因であるのは勿論ノーチェだ。彼は食欲こそは増してきたようだが、やはり残すこともある。あまりに量が多ければ申し訳なさそうに終焉を見つめた後、料理と交互に視線を投げるのだ。
終焉はそれに「残してもいいぞ」と言えば、ノーチェはバツが悪そうな表情を小さく浮かべたかと思えば、食器を下ろす。「……ご馳走さま」と蚊の鳴くような声で呟きを洩らし、終焉の言動を窺うのだ。
何をそんなに気にすることがあるのか男には分からないが、彼なりの申し訳なさを痛感しているのだろう。
「お粗末様」と応えればそっと残した料理を終焉に差し出すものだから、男も男で対応に多少困ってしまう。
そんな彼に焼きいもを買ったところで口にしてくれるのかは分からない。秋の味覚、といわれるものではあるが、終焉さえも特別好いているわけではない。――しかし、料理の幅はほんのり広がってしまうのだ。
終焉は「むぅ」と唸った後、一度考えるような素振りを見せる。買ってみようか、買わないでみようか――。人混みがちらほらと数を増していく中、男は一人悩んでいた――。
「買え。そして、寄越せ」
「耳障りな声を撒き散らすな」
突如背後から掛けられる声に、終焉は反射的に答えてしまう。
黒い髪が揺らめく隣際、燃えるような赤い髪がふらりと躍り出た。金の瞳が終焉を厄介そうにちらりと横目で見やる。対する終焉もまた、睨む――わけでもなく、極力それをいないものとして扱った。
そんな澄ました姿が彼、ヴェルダリアの神経を逆撫でする。「人さえいなけりゃぶっ殺してやったのによぉ」と挑発的に言葉を発するが、終焉は何も答えずさつまいもを手に取った。
秋の味覚を使った甘いものを作ろうか。
じいっと見つめる芋には何か細工などが仕掛けられているわけではないが、それを使った料理、というものが何ひとつ思い浮かばない。どれもこれもノーチェではなく、終焉が口にするようなものばかり思い付いてしまって、男は遂に溜め息を吐いた。
秋を思わせるとすればスイートポテトやモンブランだろうか。普通の夕食に出せるようなものが上手く思い描けない終焉としては、その甘味を口にしてもらわなければ酷く困るもの。男にとって彼の感想は、感情を呼び起こさせるひとつの手段なのだ。
「化け物様は暢気だなぁ、おい」
――そう考えを繰り返す終焉を差し置いて、ヴェルダリアは安売りしているさつまいもを五個手に取った。ごろごろとした芋を抱えるその顔はあまりにも不服そうで、今にでも辺りを燃やし尽くすほどの苛立ちを感じてしまう。
その様子を見かねた終焉は「ほう」と漸く視界に彼を映すと、「焼くのか」なんて分かりきったように呟いた。
終焉は知っている。自分が誰よりも嫌っているヴェルダリアという人間が、炎を得意としていることを。それを踏まえて芋を買いに来た様子を見て、〝教会〟の人間達はヴェルダリアを都合のいいように扱うつもりなのだろう。
秋口に入って木の葉が辺りを舞うようになった。並木道が僅かに存在するルフランの地面には、ほんのり黄色がかった木の葉が山を成している。これを使って、焼きいもでもしようという魂胆なのだろう。
そして、うってつけなのがヴェルダリアなのだ。
炎を扱えるならいくらでも燃やすことができるということ。彼の炎を使って焼きいもを堪能する気楽な一面を持っているのだ。
それを裏付けるよう、終焉の言葉にヴェルダリアは睨みを利かせる。「別に関係ねぇだろ」と呟いて、五個の芋を持ってさっさと歩いていってしまった。
自分の予定も狂わされて納得がいかないのだろう。ヴェルダリアは眉間にシワを寄せたまま支払いを終えると、終焉に見向きもせずに店の外へと向かった。ふて腐れたような表情が周りの目を惹いているのか、すれ違う住人は彼の顔を見るとそそくさと離れるのが見えた。
〝教会〟達もなかなか粋なことをするものだな、なんて男は考える。
雲が疎らに浮かび続ける青い空。夜には雨が降るのだろうか――なんてことを考えながら、終焉はさつまいもを二つ手に取る。手のひらに伝う身が詰まった感覚に、男は満足そうに息を吐いた。
悪くはない。今日の三時にはこいつを使おう――。
そう心に決めながら、終焉は支払いを済ませるために再び歩いた。