「好きな人、ではなく愛しているのだ。訂正しろ」
「第一声で言うことかしら?」
脱衣室から出て客間へ戻り、ノーチェは服を着替えに、リーリエはソファーに座ること早数分。着替えたノーチェのあとに客間へとやって来た終焉は、相変わらずシャツに黒地のベストを着こなしていた。
タオルを頭に当てて未だに水気を拭き取っている様子は、普段と何ら変わらないよく見慣れた行動。顔付きも特別悪そうには思えないが、ほんの少し、疲労が見え隠れしている程度。睡眠を挟んだお陰か、小さく欠伸をしているものの、数時間前の眠たげな様子は見られなかった。
頭を拭く度に漂う甘い香り。何の変哲もない日常の一部に、ああ、いつものあの人だ、とノーチェはほっと一息。長い黒髪がゆらゆらと揺れている。
終焉の言葉にリーリエが「どっちも同じでしょう」と言う頃に、ノーチェは女の隣へと座った。ぽすん、と小さな音を立てて沈む体に、何度目かの楽しさを覚える。やはり質のいいものは何度体感しても、新鮮な気持ちを呼び起こしてくれるのだ。
「同じではない。特に私は」
そう呟きながら何故かノーチェの隣に腰を下ろす終焉に、彼は瞬きをひとつ。普段なら向かいの椅子に座る筈なのに、今日に限ってはノーチェの隣に座るものだから、ノーチェは困惑の色を隠せなくなる。
三人がけのソファーにノーチェを挟む形で座る二人は、何やら他愛ない雑談を話し始めた。
今日はやたら天気がいいとか、洗濯日和だとか。夕食は作れるのか否か。風呂で眠りこけていた割には見た目がいいだとか――そんな意味のないこと。
俺を挟まずに話せばいいのに、なんて思う彼は、会話に参加することもなくただ黙って話を聞くだけだった。
「――〝教会〟に居場所が突き止められてしまっている」
――不意に呟かれた一言に、ノーチェは手指をぴくりと動かす。
〝教会〟は終焉と仲が悪く、殺し合いに発展するほど。数時間前にその現場を目撃していたノーチェには、男の呟かれた一言が妙に重く感じられて、思わず手を握り締める。
反面、リーリエはさも興味なさげに「あらそう」と言って、どう対処するのよ、と終焉に対して問い掛ける。
何てことのない質問だ。終焉はやたらと真っ直ぐな瞳で前を見据えながら、ノーチェの頭に手を置く。
「何てことはない。向こうが手を出すなら、こちらも手を出すだけだ」
ノーチェに手を出されたら容赦はしないがな。
そう言って彼の頭を軽く撫でる終焉は、微かに笑うような言葉を紡いでいた。
まるで冗談のように溢れ落ちた言葉に、彼は僅かに体を逸らすと、ノーチェの頭から終焉の手が離れる。撫でるくらいなら構わないんだけど――なんて思う彼に対し、リーリエは「それでこそあんたね」と大きく笑うのだ。
「それで今日、お夕飯お世話になってもいいかしら~!」
女の呟いた一言に、終焉が僅かに嫌そうな顔をしていたのを、ノーチェは見逃さなかった。