赤い幻覚と荒い呼吸

「――――グォオオォ!」  ――耳障りな鳴き声のような雄叫びが、ワタリの耳を劈く。迫る獣にも似た面影が、振り返ったワタリの眼前を覆った。丁度よく太陽を遮る形で大きく前に出てきた大型の暗鬼に、彼は小さく手を動かす。  何も…

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絡みつく浅葱の色

 夢であればよかったのに、と何度思ったことだろうか。  ろくに眠れず、疲労から休憩室で仮眠を貪ってしまったあの日から早くも数日。ワタリは自分の健康管理を徹底するように努めた。元医者の一人であるというのにも拘らず、自身の健…

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眠る男に影ひとつ

 夜も更けた暗い巨像。辺りを飛び交う蛍灯が本物の蛍のようにちらほらと瞬いて、仄暗い部屋の中が僅かに明るくなる。  足元を月明かりと、蛍灯が仄かに照らしあって、居心地のいい夜の空間を生み出していた。  白い軍服に青色が混ざ…

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告白に戸惑い

 ――多分、一目惚れとかいうやつだと思う。  そう言っていた男を見上げてみたが、頬が赤く染まっているわけでもなかった。恥ずかしさも何もない――寧ろそれすらも通り越して、酷く冷静な顔付きのまま、こちらを見つめている。  青…

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交わす口付けの向こう側

 人気のない廊下を渡って、曲がり角を曲がるとほんの少し開けた場所がある。控えめな観葉植物と自販機があり、窓から差し込む光が一人用のソファーを照らす。光霊達が滅多に立ち寄らない場所、として、人混みから逃げられるようにあるも…

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温もりに這う

 隠すのが上手い人間ほど、ろくな甘え方をしない。――それを、身を以て体感しているバートンは、反抗もせず黙って押し倒してきたワタリの下で彼を見つめる。  普段ならほんのり笑みを浮かべる筈のワタリは、まるで初めて会ったときの…

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桜にすらも譲れない

 燃えるようなどす黒い感情を、人は「嫉妬」と呼んだ。  春の訪れに誰もがハメを外した昼下がり。未だ日が高く昇ったままの空だというのに、外では既に頬が赤く染まった光霊達が笑い合っていた。暖かな陽気に華やかな桜の木。風が吹く…

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春先の憂鬱

 ――時折自分の力だけではどうしようもないほど、途方もない喪失感に苛まれる。頭の中で考えをまとめようにも、考えていたことが遠く、他人事に思えるほど頭が働かなくなる。気持ちの整理をしようとも、細い糸がいくつも絡まってしまい…

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あつい夜に残した傷を

 唐突に開かれた扉に、ワタリは驚いて肩を震わせた。自室にいるということですっかり気を抜いていた彼の手元から、白銀のメスが音を立てて床に落ちる。カラン、と鳴った音にワタリはハッとしてからちらりと横目でそれを見て、落ちたメス…

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快晴、祝言

 ある晴れた昼下がり。空高く舞い上がる彩り豊かな風船が、青い空に映える。白い雲は点々と浮いていて、煌々と照る太陽が華やかな街を輝かせる。紙吹雪が辺りに舞い落ちて、石畳の床をカラフルに染め上げる。  華やかな甘い香り、沸き…

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