恋、患い5

 丹楓は応星に腕を絡ませ、そうっと廊下を歩く。彼は懸命に景色の良さを応星に説明しているが、応星には丹楓しか目に映らなかった。恐らく彼なりの方法で応星の緊張をほぐしてやろうと思っているのだろう。婚儀の流れは丹楓しか知らない。故にここは、丹楓に身を任せていた方がいいのだ。
 花の色の移ろいが綺麗だと丹楓は慣れない話題を持ち出したが、応星はじっと丹楓を見つめたまま「そうだな」と言った。それに丹楓は気が付いているようで、唇を閉じたあと、軽く睨むように応星を見上げる。「視線が痛い」と彼は言って、龍の証であるツノをひと思いに応星の体へと刺した。
 一瞬の痛みと、驚きに応星は声を上げて患部を押さえる。「それをこんな風に使ったら駄目だろ」と抗議をしたが、丹楓はそっぽを向いて話を聞かないふりをした。
 そうしていくうちに互いの緊張はほぐれて、廊下を歩いてから部屋を渡る間にはすっかり元の距離感を保っている。辿り着いた部屋は応星が待たされていた場所とは異なり、小さな机の上に赤い杯が一対と、酒瓶が置かれていた。
 その机の前に案内をされてから、応星は丹楓に「俺が注いでも構わないか?」と問いかける。自分で酒を注ぐ気だった丹楓は、応星の申し出にポカンとしながらも、首を縦に振った。
 白い酒瓶を手に取り、丹楓の杯へと酒を注ぐ。透明な液体がトクトクと注がれていく様を、彼はじっと見つめていた。────丹楓の杯を満たしたあとに自分の杯を満たし、応星は酒瓶を傍らに置く。この程度のやり取りなら普段からしているから慣れたものだと丹楓を見やると、彼は柄にもなく再び緊張しているように見えた。
 ただの儀式、されど婚儀。────丹楓の緊張に当てられて、思わず応星も顔を背けてしまう。単なる形式的なものだとしても、自分たちは夫婦というものになってしまうのだと実感すると、おかしな気分に陥ってしまった。
 足下が浮いたような、気持ちが浮ついたような。────やはり今、応星は夢を見ているのではないかと勘ぐってしまう。けれど、先程丹楓に刺されたツノの痛みは確かに本物だった。
 ほう、と丹楓は気を持ち直すように吐息をひとつ。彼は感情を抑え込むのが得意なようで、先程の緊張が見え隠れしていた表情を追いやり、無表情で顔を飾る。美人は三日で飽きるという言葉をどこかで聞いたことはあるが、応星にはその言葉が本当であるとは思えなかった。赤い紅色の隈取りで目元を彩っただけでも、雰囲気に変化が出る。このような変化を見ていれば、三日で飽きることなどないのだろう。

「…………応星」

 黙って彼の行動を見守っていた応星は、不意に丹楓が自分の名前を呼んだことに瞬きで応える。どうした、と言葉を紡ごうとした矢先、丹楓は杯を持つ片手を応星の方へと差し出しながら、「いつ頃余を好いていると言ってくれるのだ」と言った。
 応星はそれに驚きを露わにしてから、そんなことを言わせてしまった自分に苦笑を溢す。タイミングを見計らっていたつもりではあったが、彼はその言葉を今か今かと待っているようだった。
 ほんの少しの反省点を見出しながら、応星は丹楓に倣うように彼の方へと杯を持った片手を伸ばす。そのまま腕を絡め、自分の口元に杯を当ててから、言った。

「俺は、この仙舟全土の中で、お前を一番愛してる」

 ────好きだ、と言うつもりが、感情の大きさに耐えられず愛を告げてしまった。
 そのことに双方が驚き、そうして互いに笑みを溢してから────ぐい、と勢いよく杯を交わす。
 とても希少だという酒の味は、よく分からなかった。