恋、患い5

 婚儀を終えてから早いもので数日が経った。始めの頃は婚儀で話題だった仙舟も、次第に波が引くように噂も聞かなくなっていた。どうやら丹楓の身を案じてか、一部の仙舟人が噂を控えるように申し出たらしい。応星も始めは浮ついた気持ちが体を占めていたが、突如舞い込んだ依頼の数々に幸福感など剥がされてしまった。
 応星の調子が悪い間、依頼をしようとした人々は彼を気遣って極力依頼を押しつけないようにしたようだった。舞い込んできたそれに、応星は落胆の息を吐いたが────やってやると言わんばかりに腕捲りをして、意気込みを露わにする。そうして再びやって来た体を顧みない生活に、誰も彼もが嘆きを見せた。
 いくつもの依頼をこなし、目を回して送る日常に懐かしさを感じる頃。漸く目処がついたと言って、五人が集まる日程を立ててもらった。また食事をしようという白珠との約束を守るため、応星は待ち合わせの場所へと赴く。暫くの間は工房に引きこもっていたせいか、日光が眩しく、心地が好かった。

「お、丹楓!」
「応せ…………其方、また徹夜をしたのか」

 待ち合わせの場所で見えた愛しい人影に、応星は思わず駆け足で近寄る。彼は応星の顔を見て一瞬嬉しそうな表情を浮かべたが、応星の顔を見るや否や眉間にシワを寄せた。婚儀を終えて以来、丹楓はいくらか表情が豊かになっていて、自分だけが知っていたという事実が少しずつ薄れつつある。────しかし、それを向ける対象の殆どが自分であることを知っている応星は、満足そうに笑った。

「仕方ないだろ? お前に会えるのが楽しみだったんだ」

 丹楓の肩を寄せて、人目も憚らず応星は彼をきゅっと抱き締める。とはいえ、待ち合わせに選ぶ場所は基本的に人の目が少ない場所だ。それを重々承知している丹楓は、応星の行動にパチパチと瞬きを繰り返してから、恐る恐る応星の背に手を回す。彼はあの婚儀だけだと思っていた関係が、今も続いていることが信じられないようだった。
 信じられないのなら、信じさせればいい。────丹楓の応えに応星は満足感を満たしていると、ふと揶揄うような声が聞こえてくる。

「アツいね、場違いなほど」
「どうします? いっそあたしたち三人で行きましょうか?」
「我は構わんが」
「おわ────っ!?」

 続々と姿を現した景元と白珠と鏡流に、応星は一度言葉を失ったあと、咄嗟に丹楓を抱き締める手を離す。同時に引き剥がしてやれば、丹楓も驚いたように目を丸々とさせていて、いつからいたのだと彼らに問いかけた。どうやら丹楓も待ち合わせの場所に着いたばかりだったようで、三人の姿を認識してはいなかったらしい。
 彼らは一足先に着いていて、応星と丹楓が揃うまで談笑を楽しんでいたようだ。そこで、少し離れた場所から二人の声が聞こえてきて、向かっていたところで抱き締め合っている場面に遭遇したのだという。
 いくら関係が継続されていると、周りに好意が気付かれてしまっているとしても、目撃されてしまえば恥ずかしさが勝る。応星は顔を赤く染めながら、「声くらい遠くからかけてくれよ」と反論したが、白珠は「声をかける余地もありませんでしたよ」と笑って言った。確かに出会い頭に抱擁した自分のせいかもしれない────そう思って徐に丹楓を横目で見れば、彼は腕を組んで平常心を保とうとしていた。ほんのり耳の先端が赤いのを覗けば、彼は普段と変わらない雰囲気をまとっている。

「でもよかったですよ、仲直りできて」

 彼女はニコニコと上機嫌に尻尾を振って、喜びを表に出していた。こんなに嬉しいことはありませんね、と今にも飛び上がりそうな勢いだ。喧嘩をしたわけではないが、彼女も彼女なりに責任を感じていたのだろう。白珠の一言に応星は「心配かけたな」と言えば、景元が頷きながら言う。

「これは応星に奢ってもらうしか他ないね」
「あ──! それは妙案です!」

 彼がうんうんと首を縦に振るのを、白珠も同じように頷きながら肯定した。事の発端は応星だと言われればそれまでで、応星は「勝手なことを決めるなよ」とすら言えなかった。その代わりにぐっと息を呑む。

「────上等だ!」

 そしてそのまま、覚悟を決めたように声を張り上げた。
 応星の決意を皮切りに彼らは歩み出し、どこへ行こうかと話し合いながら歩いている。その後ろを応星と丹楓は見送っていて、自分の懐を応星はこっそりと確認した。近頃の依頼でまだ懐は暖かいはずだ。────そう思っていると、丹楓が応星の隣に並び、顔を覗き込んでくる。その心配そうな表情の向こう、赤いタッセルピアスが揺れているのが見えて、応星はふつふつと幸福感が湧き出るのが分かった。
 丹楓は応星の懐事情を心配しているようではあったが、応星は姿勢を直し、「心配すんな」と笑う。確かに彼らがどれほど飲み食いするのかと考えれば不安が付きまとうものの、迷惑をかけた自覚のある応星には逃げる選択肢はない。丹楓も好きに飲み食いしてもいいぞ、と応星が彼に告げると────丹楓は一度だけ考える素振りを見せた。

「…………なら、今夜、二人で飲みに行こう」

 日中はある程度制限すれば難しくはないだろう。酒は自分が用意する。────そう言って丹楓は応星を誘い、その返事を今か今かと待っていた。突然誘われるとも思っていなかった応星は、丹楓の誘いに目を丸くしたあと、勢いよく「分かった」と言う。何があっても絶対に行く。そう告げれば彼は柔らかく笑い、「良かった」と言った。

「飲月、応星──! 早く行きますよ──!」

 遠くから白珠が手を振って呼びかけてくる声が聞こえてくる。
 ────それに、応星と丹楓は揃って足を踏み出して向かったのだった。