丹楓は再び眠りに落ちてしまった。目の前でそれを見送った応星は、隠し通路を戻りながら働かない頭を懸命に動かす。例えば丹楓が応星と同じ現象に陥っているのなら、先程の言動を踏まえて夢の中にいるのは応星だろう。彼の夢で応星はどのような立ち位置にいるのかは定かではないが、酷く楽しそうに微笑んだのを応星は覚えている。
恋人、といかずとも丹楓は確かに応星との親友関係を気に入ってくれていて、夢に引き込まれるほど楽しい思いをしている可能性がある。応星が今まで相手をしてやれなかった分、彼は夢の中で自分のしたかった話を細々と続けているのかもしれない。龍師たちに対する愚痴を、未だに知らなかった仙舟の料理に対する感想を、婚儀に関する話を聞いてやれるのは他でもない応星だけなのだから。
その丹楓を起こしてやるためには、自分は何をすべきなのかと応星は考える。もしもまだ猶予があるのなら、婚儀に関する話をして、相手を代えてもらうことは可能なのかと話すべきだ。事態は一刻を争い、下手に眠り続ければ龍師たちは丹楓を脱鱗させてしまうだろう。良くて生まれ変わった真っ白な龍尊に出会えるが、悪くて応星はもう二度と丹楓の面影すらも拝むことはできない。
「そんなことは絶対に嫌だ……」
脱鱗も今生の別れも、そんなことは絶対に受け入れられない。応星の感情は今の丹楓でなければ何の意味も成さないのだ。彼をしっかりと目覚めさせるにはどのような方法をとるべきか。応星は懸命に考えながら隠れ道の出口である木陰を視界に収める。見慣れた足下が警戒するように辺りを彷徨いているのが見えた。
応星は仙舟人に嫌われていようとも、信頼できる仲間がいる。身の内を、現状を明け透けに話せば呆れながらも彼らは相談に乗ってくれるだろう。ここ最近見るようになった奇妙な夢を誰かに話せば、何らかの糸口を掴めるかもしれない────。
そうして出入り口に身を乗り出したその瞬間。
「────……は……」
サァ、と心地の良い風が全身を包み込むように吹いているのが分かった。
つい先程見た景色が応星の眼前に現れる。見知らぬ部屋、心地の良さそうな庭。風に吹かれて木の葉がサワサワと音を立てて揺れる。一人で使うには広すぎる殺風景の中に、窓を開けて空気の入れ換えを行いながら部屋の中心でそれが徐に振り返る。元々見ていた視線の先は、何かを隠すように上質な布がそっとかけられていた。
それが応星を見るや否や、少しばかり不服そうな表情で応星を一瞥する、切れの長い瞳が不機嫌そうに揺れた。形の良い唇は無愛想にへの字に曲げられている。部屋の中心で、それは机に肘を突きながら溜め息を吐いた。
「何故今、ここにいる?────応星」
「────っ!」
丹楓の澄んだ声色と、聞き慣れた声色が重なって聞こえて、応星は思わず肩を震わせて目を開いた。
「大丈夫ですか、応星!」
耳を劈くような白珠の焦る声に頭を押さえていると、応星は自分が景元の腕に抱えられていることに気が付く。一体何があったのかと状況を呑み込もうとしていると、混乱しているらしい応星に景元がそっと口添えをした。
どうやら応星は隠れ道の出入り口から身を乗り出した瞬間、突然意識を失ってしまったらしい。物音に気が付いた景元が誰もいないことに安堵していたと同時に、倒れかけている応星を見て咄嗟に腕を差し出したのだ。意識のない男を一人抱えようとすると、それなりの労力が必要で、思わず唸り声を上げると白珠と鏡流が合流したのだという。
時間にして数秒から数分にも満たない時間ではあるが、その一瞬だけ応星は眠りに就いていたようだ。心配そうにこちらを覗き込む白珠に笑いかけ、大丈夫だと告げる。応星は普段から眠りを蔑ろにしている分、眠気に対する耐性はいくらかついているつもりなのだ。
「本当ですか……? うう、応星も飲月も無理しすぎなんですよ……」
白珠は両手を胸の前で祈るように組み、泣きべそをかく。彼女の特徴的な耳は垂れて、尻尾は悲しそうに落ち込んでいた。
とにかくここは持明族に見つかりかねないと、屋敷から離れるために四人は歩き出した。道すがら白珠は外で聞いていた情報を応星に告げる。
婚儀は数日ほど延期になり、丹楓の様子を見ることになったそうだ。彼がしっかりと目を覚まして日常生活を送ることに支障が出ないと判断すれば、延期になった婚儀を執り行う。反対に少しも改善する兆しが見られなければ────やむなく脱鱗させるとのことだった。
屋敷から程離れたところで、白珠は「そんなの絶対に嫌です」と懸命に尻尾を振っていた。どうどうと景元に宥められ、とにかく暫くは様子を見ることしかできないのだと納得して、どうにか気持ちを落ち着かせることに成功したようだ。四人で話し合い、何らかの解決策を探ろうという話になった。
だが、応星は先程突然意識を失ったということもあり、解決策を探るよりも顔色を治した方がいいという結論に至った。当の本人である応星は、自分も何かしらの力になりたい旨の話をしたが、仕事すらもままならない状態で一体何ができるのかと鏡流に冷たく突き放されてしまう。────実際、ろくに睡眠を貪ってもいない体でできることなど、ないに等しかった。
思わず応星は口を閉ざし、きゅっと拳を握る。好きな者の力にもなれない無力な自分を、殴ってやりたいような気持ちがふつふつと湧いてくるのだ。もしも応星がもう一人いたのであれば、躊躇いもなく頬を殴っていただろう。
「────そういうことだから、取り敢えず君はゆっくり休んで」
「寝てなかったら無理やり寝かせに行きますからね!」
応星は少しも納得がいかなかったが、彼らは付き添いと言わんばかりに応星宅へと同行してきた。部屋の中は必要最低限のものを取りそろえてある他、仕事道具と様々な書物が床に散らばっているだけだ。ここで寝食をしなければならないのかと思うと酷く億劫な気持ちにはなったが、仲間たちの好意に甘えることにした。
何か進展があったら知らせに行きますと白珠は大きく手を振って、その隣に鏡流と景元が並んで歩いて行く。その姿を見送った応星は、罪悪感を胸に抱きながらふらふらと自分の寝具へと足を運んでいった。一人暮らしをするのであれば十分な部屋の広さではあるが、ここ数日は滅多に片付けをこなしていないせいでろくに足の踏み場もない。その中を掻い潜り、応星は布団の上へと倒れ込む。
風呂を済ませたり、食事を済ませたりしなければならないことは百も承知だった。しかし、突然眠りに就いてしまうとなれば、食事や入浴の途中で意識を失った場合、何らかの事故を起こしかねない。────特に独り身である応星が入浴の最中に意識を失いでもしたら、下手をすれば死を免れないだろう。
ならば初めに行うべきは睡眠を取ることだと、応星は船を漕ぎながら結論に至った。
干したわけでもない布団からは、大して日光の香りがするわけでもない。────それでも不思議なほど落ち着く感覚がして、次第に意識が微睡んでいくのが分かる。本当ならばこうして悠々と睡眠を貪っている場合ではないのだが、心とは裏腹に体は常に休息を求めているようだった。
うつらうつらと微睡む意識の中で船を漕いでいると、ふと脳裏に疑問がよぎる。最近の夢に出てきていた丹楓は、どうにかして応星と立派な「恋仲」を演じようとしていたが、先程の丹楓はいやにつまらなさそうな表情を浮かべていた。一見、普段と何ら変わりのない無表情のように思えるが、瞳の奥に潜んでいる感情からは不満が漏れ出ている。それは、丹楓が龍師たちに対する愚痴を洩らしているときと全く同じ表情で────何故、彼がそんなにも退屈そうにしていたのかが気になって仕方がなかった。
もしも、丹楓が応星と似たような夢に囚われているのなら、夢の中の丹楓は何かを知っているのだろうか。例えば、何をどうすれば目覚めるのか、彼は教えてくれるのだろうか。
必ずしも夢で丹楓に会えるという確証は得られないが、万が一に備えて応星は白んでいく頭の中で問いを積み重ねていく。
彼は一体、何を目的として応星の目の前に現れるようになったのか────真偽を確かめなければ気が済まなかった。
「────言ったであろう。余は、其方の願いを叶えているだけに過ぎないと」
────ふ、と意識が浮上する感覚に応星はハッと目を覚ました。知らない間に投げ出していたらしい腕を動かして咄嗟に上体を起こすと、すぐ近くには丹楓が退屈そうに寝具へ横たわっている。一人専用のそれに大人が二人収まるには狭すぎて、思わず「うおっ……」と声を上げれば、彼は横目で応星の顔を見た。心なしか、丹楓は小さく頬を膨らませている印象すら抱いてしまう。
応星は咄嗟に辺りを見渡すが、そこは先程からいる応星自身の家に過ぎなかった。部屋の散らかり具合も、家具の配置も何もかもが記憶と現実の通りだ。そこで挙げられる唯一の違いは、丹楓がこの場にいるかどうかの違い程度で、不気味さよりも少しばかりの気恥ずかしさを覚えてしまう。
夢で丹楓は応星が望む立ち位置を演じている。────もしそれが本当であるのなら、今この場にいる丹楓は、応星が家に連れ帰りたいと思った願望の表れか何かだろうか。万が一それが真実なら、応星は丹楓に下心を抱いていることの裏付けになりかねない。
「うわぁ…………マジかよ……」
自覚もしなかった己の感情に、思わず顔を覆ってしまう。夢の中では不思議と体の気怠さは感じられず、何故か頭はすっきりとしていて冴え渡っているのだ。思わず覆った顔から手を離してちらりと丹楓を見やれば、彼は少しばかり驚いたように目を瞬かせて、「どうかしたのか」と問いかけてくる。自分が応星の家にいることに対して、何かしらの疑問は抱きそうなものではあるが、丹楓は何も気にならないようだ。
「其方が真っ直ぐに余の目を見るなど、随分と珍しいものだ」
今までは邪険に扱ってきたくせに。
棘を持った言葉が応星の罪悪感をチクチクと刺してくる。彼はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向き、不機嫌そうに尻尾を揺らす。物に当たれば壊してしまいそうな印象はあるが、彼は器用に辺りの家具には当たらないように避けているようだ。その代わりに容赦なく応星の体を打ち付け、その度にバチバチと痛々しい音が鳴ってくる。
思わず「痛いな」と口を洩らせば、丹楓はその尻尾を振るのをやめて、ゆっくりと応星の顔をもう一度見た。
「…………本当に何だ? 其方、余とは話したくないのではないのか」
本当に様子がおかしいぞ。────彼はそう言って体を起こし、そうっと応星の額に手を伸ばす。普段ならば夢に触れて何かが起こってしまうことを恐れ、その手を払い除けるものの、今の応星は到底そのような気持ちにはなれなかった。現実の丹楓が何を思っていたのかを他人から聞いたせいだろう。今、その手を払ってしまえば取り返しのつかないことになるような気がしてしまって、到底払い除ける気にはならなかった。
伸ばしてきた丹楓の手を甘んじて受け入れると、彼はきょとんとした顔をして、「どこか怪我でもしたのか」と慣れない心配事をしてくる。自分よりも体温が低いところも、現実の丹楓と全く同じであることに感情が揺れ動いた。────やはり応星は丹楓が好きだ。その事実を再確認するが、その相手はこの目の前にいる丹楓ではなかった。この丹楓はもう既に、他の誰かの手に渡っているのだ。
「……あまりにも都合がいいようで悪いが、お前さんに聞きたいことがあってな」
伸ばされた丹楓の手を取り、応星はじっと彼の顔を見つめる。丹楓は少しだけ驚きを露わにしたものの、すぐに持ち前の無表情に戻り小さな溜め息を吐いた。まるで、応星が何を言おうとしているのか分かっているような態度に、応星は思わず小首を傾げてしまう。何故だか少し、丹楓の表情が悲しい色に塗れているような気がしてならなかった。
試しに「何かあったのか?」と問えば、丹楓はじっと応星を見つめ返し、「其方がそれを言うのか」と唇を尖らせながら呟く。彼は現実の丹楓とは異なり、大なり小なり表情が表に出やすいようだ。
「…………聞いてくれるのか?」
「そうでもしなければ離れないだろう、この手は」
指先をちょこちょこと動かして、丹楓は抵抗する意思がないことを示している。あまりにも従順な態度に、これも願望の一種なのかと疑問に思ったが、応星は小さく首を横に振って余計な考えを振り払った。雑談に花を咲かせられる時間の余裕など、これっぽっちもないのだ。丹楓が気紛れに意見を変えるなんてこと、ないとも言い切れない。
大人しく会話をしてくれるらしい丹楓に、応星は「ありがとう」と一言告げた。今まで冷たい態度で夢を終わらせてきたのに、彼は応星の言うことを大人しく聞いてくれるのだ。予期しない幸運に恵まれて、応星は丹楓の手を握る自分の手に、僅かながらも力を込める。────すると、ほんの少しだけ、丹楓の頬が赤く染まったような気がした。
────かわいい、という感情を力尽くで片隅に追いやり、咳払いをひとつ。実は、と話を切り出して応星は口を開いた。
「現実の丹楓が、何故か眠りから目覚めなくなったんだそうだ。なあ、何か解決策を知らないか?」
夢の中で丹楓に丹楓のことを訊くなど、滑稽な話ではあるが、応星にできることはこれしかなかった。
丹楓は今でも眠りに就いていて、夢に囚われているのだろう。彼の自室で目の当たりにした彼の言動は、夢の中にいる応星に向かって告げられた言葉のひとつに過ぎないはずだ。どの夢にでも現れるなんて、あまりにも酷似している点を見れば、応星はこの丹楓に解決策を訊くのが一番早いと思っている。
────実際に彼は現実の丹楓がどのような目に遭っているかなど、具体的には知らないはずなのに、やけに寂しそうな表情で「やはりそれか」と小さく呟きを洩らした。目の前に応星がいるのにも拘わらず、その呟きはあまりにも小さくて、独り言だと言われても気にも留めないほどだ。やはり彼奴はそちらに居座っているのだな、と何やら意味がありそうな独り言を洩らし、大人しくしていた尻尾をまた不機嫌そうに揺らし始める。
バチン、と次こそ物にも八つ当たりするように、壁に容赦なく尻尾を打ち付けてしまった。────その拍子に彼の煌びやかな尻尾からキラリと輝く鱗が一枚、剥がれ落ちたのを応星は視界に入れる。
「────おい、やめろ。お前の尻尾が傷付くだろ」
自分の部屋が荒らされることよりも、目の前の龍が荒らした結果として傷を負うことが、応星は気に入らなかった。
意識を他所に向けさせるべく応星が取った行動は、取り敢えず丹楓を抱き締めてみること。華奢にも思える彼の肩に手を回してぐっと胸元に寄せれば、驚くように尻尾がピンと伸びたのが見えた。普段はこのような接触を控えている分、顔よりも尻尾の方が感情が豊かであるのを応星は初めて知って、思わず「おお……」と呟きが洩れる。
その応星の反応を見かねてか、丹楓は尻尾をゆらりと大きく振ったかと思えば、静かに跡形もなくしまってしまう。彼は応星が逐一反応を示すことに気恥ずかしさでも覚えたのだろう。フン、と鼻を鳴らしたあとに応星の体を押し退けて、そのまま腕を組む。
あくまで丹楓は不機嫌そうな装いを取り繕っているが────、応星は知っている。表情よりも耳の方が感情が表れやすいことを。応星の丸みを帯びた耳よりも先端が尖っている彼の耳は、ほんのり赤みが増している。どうやら少し照れているようで、応星はパッと両手を上げて「これ以上は何もしないぞ」と丹楓に告げた。
「それで、だ。何か解決方法はあるか? 変な話、突然意識を失うとか眠りに就くとか、あまりにも普通じゃないだろ。それに……」
自分と同じ現象に陥っているなど、何か裏があるとしか思えない。────そう言うと応星はじっと丹楓からの返事を待った。到底丹楓がまともな答えを寄越さないなど少しも思っていない。彼はいつだって応星には誠実で、余程のことがない限りは冗談など口にする性格ではなかった。
もちろん、丹楓が「そのようなこと、余は知らぬ」と言い放つ可能性も考えていた。この丹楓はあくまで応星の夢の中にいて、現実の丹楓の起こし方など知りもしないのだ。
だからこれは、応星の身勝手な願いを彼にぶつけているだけに過ぎない。丹楓が本当に何も知らなくて答えようがなくとも、彼を責め立てるつもりは毛頭なかった。
多少の緊張を交えながら応星は丹楓をじっと見つめていると、彼はとうとう観念したかのように溜め息をひとつ。何をどう伝えようか悩んでいるような素振りを見せたあと、「婚儀があるだろう」と口を洩らす。
「余の相手を其方にすれば、このようなことは二度と起こらない」
腕を組みながら彼は人差し指をトントンと小さく動かしている。その様子は応星が余裕のないときに見せる癖のひとつで、この丹楓にも自分と同じような癖があるのだと多少の意外性を持った。やはり彼は夢の中といえど丹楓であることには変わりないようで、婚儀が先延ばされていることも知っているようだった。
しかし、応星が知りたいことは丹楓が起きた後のことではない。彼の婚儀の相手を変わりたくとも、丹楓本人が起きてくれなければその旨の話もできやしない。今の応星が知りたいのは目を覚まさない丹楓を起こす方法だ。彼は揺すっても、話をしていてもピクリとも眉を動かさなかった。声が聞こえているかどうかさえも分からない。
────そんな丹楓をどうすれば起こせるのかと、応星は再び丹楓に問いかける。具体的に何をすれば、丹楓は目を覚ましてくれるのか。何か思い当たる節はないかと応星は言った。
もしかするとこちらの丹楓も実は具体的な解決策がないのかもしれない。だからこそ詳しい解決策を話せないのかもしれない。────そんな懸念を前面に押し出すように、「例えばお前さんは何をすれば起きたりするんだ?」と応星は問いかけてみる。あくまで機嫌を損ねないように丁寧に。
応星の問いに彼は眉を軽く上げ、唇を固く結びながら視線を逸らす。何やら言葉に詰まっているかのように、彼は固く結んでいた唇を僅かに歪ませては眉間にシワを寄せる。落ち着いていたはずの尻尾はうろうろと、丹楓の心情を表すかのように忙しなく動いている。
言おうか言わないか。────そう迷っているであろう丹楓の返事を待っている間にも、現実の丹楓は深く眠っていて、脱鱗の話がちらほらと上がってきているのだろう。そう考えてしまえば、こうして彼の返事を待っている一分一秒があまりにも惜しくて、応星はつい悩み込んでいる丹楓の顔を覗き込む。「丹楓」と声をかければ、丹楓は驚いたように目を丸くした。微かに息を呑む音が聞こえたような気がする。
口にできないようなことなのだろうか。彼の返事を待つ余裕のない応星は、再び弱音を吐くように「教えてくれないか……?」と小さく洩らした。我ながら弱々しい声をしているなどと応星は思う。────だが、そこまでしてでも応星は丹楓を起こす方法が知りたかったのだ。
起こして、直接目を見て謝って、誤解を解いてやりたかった。
────そんな誠意が通じたのか、或いは応星のしつこさに遂に折れたのか。目の前の丹楓はぐっと唇を噛み締めたかと思うと、突然顔を逸らしながら「接吻でもすればいいだろう」と言い放つ。
「…………今、なんて……?」
あまりに焦ったが故に聞き間違えてしまったのかもしれない。そう思って応星は念のためと丹楓に聞き返す。────しかし彼はむ、と表情を歪めてから開き直ったかのように「だから」と口を開いた。
「接吻でもすればいいだろう。少なくとも、余の応星はそうやって起こしてきている」
────二度も言わせるな、愚か者め。